2050年カーボンニュートラルとは(前編)~世界の動きと日本の取り組み~

2020年10月、菅首相の所信表明演説で「2050年 カーボンニュートラル」が表明されました。カーボンニュートラルとは日本語に訳すと「炭素中立」ということ。二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を、森林吸収や排出量取引などで吸収される量と差し引いて、全体としてゼロにするというものです。
菅首相は「わが国は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにして、脱炭素社会の実現をめざすことを、ここに宣言します」と力強い言葉で国内外にカーボンニュートラルを表明しました。

●カーボンニュートラルをめざす理由

日本だけでなく世界各国で「カーボンニュートラル」達成への機運が高まっているのにはもちろん、地球温暖化の問題があります。
地球温暖化についての科学的評価を担当する国連機関「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2014年に発表した第5次報告書によると、温暖化対策を今以上に施さなかった場合、2100年には世界の平均気温が2.6℃~4.8℃上昇するとの予測が出されています。この予測が示す未来の地球では、生物多様性が失われ、それを基盤としてわたしたち人間が享受している生態系サービス(食料や水の安定供給、文化的生活の構築など)が失われると指摘されています。

2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で合意された温暖化対策の新しい枠組み「パリ協定」では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすること、そのために、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとることが長期目標として掲げられました。そうした状況のなかで、2021年4月には気候変動サミットにおいて各国から新たな温室効果ガスの削減目標が出されました。

近年は日本でも気温上昇にともなう健康リスクの増大や農作物被害、異常気象による大規模水害など、わたしたちの生活に大きな影響をおよぼす事象が発生しています。こうした顕在化する温暖化の影響を少しでも抑え、未来の地球を守るためにも、カーボンニュートラルをめざす必要があるのです。

●カーボンニュートラルへ向けて ―世界の動き―

気候変動サミットで表明された各国の目標は具体的にどうなっているのでしょうか。
サミットの主催国であり、バイデン大統領就任後にパリ協定に復帰したアメリカは2030年の温室効果ガス排出量を2005年比で50~52%削減することを表明し、そのためのさまざまな支援策を打ち出しています。日本は2030年度の削減量を2013年度比で46%減とする目標の引き上げを表明しました。イギリスは2035年までに1990年比で78%減。カナダは2030年までに2005年比で40~45%減。一方、中国は2030年時点での具体的な目標値は表明しておらず、ピークアウトの表明にとどまっています。

いずれにしても、多くの国が野心的な目標を打ち出しており、これを達成するためには再生可能エネルギーのさらなる活用や省エネはもちろん、革新的な脱炭素技術の開発や産業構造・ビジネスモデルの転換などが欠かせないといわれています。

●カーボンニュートラルに向けて ―日本の取り組み―

日本では、2020年の菅首相の所信表明演説を受けて、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が始動しました。この戦略は「温暖化への対応を成長の機会としてとらえる」という考え方のもと、「洋上風力」「燃料アンモニア」「水素」など、成長が期待される14分野の産業で具体的目標や実現への工程が示されています。さらにこの戦略の前提として、電力部門の脱炭素化が必須であるとし、エネルギー基本計画の改定に向け新たな電源構成の参考値が出されています。
また政府は、14分野を対象にした総額2兆円の「グリーンイノベーション基金」を創設しました。この基金は、カーボンニュートラルに向けて革新的な技術開発に取り組む企業などを対象に、政策効果が大きく、社会実装まで長期間の継続支援が必要な領域を10年間にわたり支援していくというものです。企業にとって大きな後ろ盾となる支援ですが、その成果を最大限に活かすため、①取組状況が不十分な場合の事業中止・委託費の一部返還、②目標達成度などに応じて国費負担割合が変動する、成功報酬のようなインセンティブ措置の導入などが盛り込まれています。
5月には、その第一弾となる水素関連事業の公募が始まり、今後も「グリーン電力普及促進」や「エネルギー構造転換」などの分野の公募が予定されています。

日本国内では、排出される温室効果ガスの8割を企業活動・公共部門が占めています。つまり、カーボンニュートラルの目標達成には政府の支援などを最大限に活かしたうえで、個々の企業の取り組みが欠かせません。5月25日の日本経済新聞(朝刊)では、カーボンニュートラルを目標に掲げる企業は2020年末から2021年4月までに倍増し、日経平均株価採用銘柄225社のなかで、少なくとも4割の85社が「カーボンニュートラル」をくわえた経営目標を定めているとの記事が掲載されました。
また業種別にみると、CO2排出量比率が最も高い鉄鋼業では、業界団体の目標として「2100年 ゼロカーボン・スチール」が発表されています。そのほか、自動車産業、ファッション業界、農業など、さまざまな業界が個々の企業の枠を超えて業界全体で取り組みを推進しています。
企業だけでなく自治体単位でも、2050年のカーボンニュートラルをめざす「ゼロカーボンシティ」を表明している自治体は2021年5月28日時点で391自治体(40都道府県、230市、6特別区、96町、19村)となっており、日本の総人口に占める割合は86.8%にのぼります。
※自治体の取り組みについては、環境市場新聞でもご紹介しています。
【ゼロカーボンシティ自治体の挑戦】https://econews.jp/article/report/zerocarbon_city/

●CO2削減に向けて、最新の動向

企業、自治体など、広がりをみせるカーボンニュートラルへの取り組みですが、続いては温室効果ガスのなかで、もっとも多く大気中に含まれるCO2の排出量を減らす方法として注目されるいくつかの取り組みをご紹介します。

◇CO2を地下深くに「埋める」

現在、行政で実証実験を進めているのがCO2を海底に埋める方法「CCS」(Carbon dioxide Capture and Storage)です。火力発電所や工場などからCO2を回収し、海底1000メートル以上の地層に埋め、貯蔵します。2016年から北海道・苫小牧市で行われていた実証実験は、目標である30万トンの圧入を達成し、2030年の商用化に向けた検討が始まっています。なお、貯留したCO2は長い年月を経過すると塩水に溶解したり、岩石のすき間で鉱物になると考えられています。

◇CO2を「活用」する

「CCUS」(Carbon dioxide Capture Utilization and Storage)は、分離・貯留したCO2をほかの目的で活用する技術です。アメリカではCO2を古い油田に注入し、油田に残った原油を押し出しつつ、CO2を地中に貯留する採掘法が開発されました。CO2削減と石油増産につながるビジネスモデルとして注目を集めています。

◇人工的に光合成を「再現」する

化学メーカーなどでもCO2削減に向けた研究に取り組んでおり、現在注目を集める技術が「人工光合成」です。光合成は植物が太陽エネルギーとCO2、水を元に酸素を出しながら有機物(でんぷん)を形成し、成長する一連の働きです。一方の人工光合成は、CO2と水を原材料に、太陽エネルギーを活用し化学品を合成すること。植物は使いません。
現在有力なのはプラスチックの原料「オレフィン」を人工的に合成する技術です。産官学連携で研究が進んでおり、すでに技術は確立され、実用化に向けて変換効率を高める研究が進んでいます。

●取り組みの課題

CO2削減に向けてさまざまな研究が推進されていますが、それぞれ実用化・商用化に向けては、コストの課題も含めもう少し時間がかかりそうです。
また次世代エネルギーとして、水素やアンモニアなどの物質にも注目が集まっています。
水素・アンモニアはともに燃焼時にCO2を排出しない「カーボンフリー」の物質です。そしてアンモニアは水素をもとにしてつくられる物質です。
現在、日本だけでなく各国で火力発電の燃料に水素やアンモニアを混ぜて燃焼させる「火力混焼」の実証実験が進められています。混焼することでCO2の排出量を抑えることができ、将来的には水素やアンモニア単体で燃焼させる「専焼」も始まる見通しとなっています。
ただしここにも課題があり、アンモニアの原料になる水素は、単体では自然界に存在せず、石油や天然ガスを分解する過程で取り出すか、電気で水を分解してつくる必要がります。その際に使用される電気は、現状では化石燃料由来のものが多いのです。
水素は、原料や生成過程でのCO2排出の有無によって「グリーン水素」「ブルー水素」「グレー水素」などと分けて表現されることがあります。そのなかでも再生可能エネルギーからつくるCO2をまったく排出しないものが「グリーン水素」と呼ばれ、これでなければ本当の意味での「カーボンゼロ」とはいえないという見解もあります。また「グリーン水素」を使用するにしても、製造コストが高いことなども課題として挙げられます。

コストの課題は、政府がすすめる「グリーン成長戦略」で掲げられた電源構成でも浮き彫りとなりました。そこでは参考値とはいえ太陽光などの再生可能エネルギーの比率を50~60%としており、「洋上風力導入量を2040年に3000万~4500万kWにする」といった個別の導入目標も掲げられています。これを現状の再生可能エネルギーの固定買取価格に当てはめると、相当な発電コストの上昇が予想されるのです。
3月には経産省より固定価格買取制度による2021年の各家庭への電気料金の上乗せ額が標準的な家庭(1カ月の電気使用量が260kWh)で年間1万円を超えることが発表されました。発電コストの上昇はわたしたち一人ひとりの身にも直接的に影響を与える事象なのです。

日本では、エネルギー政策の基本方針として、安全性(Safety)を大前提として、自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時に達成する、3E+Sの考え方をもとに取り組みが進められています。カーボンニュートラルに向けた野心的な挑戦のなかで、もう一度、冷静に3E+Sに立ち返ってみることも必要ではないでしょうか。

今回の「2050年 カーボンニュートラル(前)」ではカーボンニュートラルの概要や、各国の掲げる目標について紹介しました。後編では日本の企業や自治体それぞれの取り組みなどを取り上げたいと思います。

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